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2022-05-15

熊澤圭二郎氏インタビュー 千足古墳について

インタビューについては下記画像をクリックしてください。YouTubeビデオが見れます。

造山古墳およびその陪塚に関連する言い伝えの事項をインタビューを通じて掘り起こすプロジェクトを進めている。今回は、熊澤圭二郎氏(93歳)に千足古墳でのインタビューを行った。熊澤氏の自宅は、千足古墳の敷地内にある。
1.日時:2022.4.7.
2.場所:造山古墳中央部頂上と後円部頂上
3.インタビュー:熊澤圭二郎氏 93歳   参加者   :三垣千秋、定廣好和
4.インタビューアー:清家章、角谷賢二
5.内容:
(1)「史跡千足装飾古墳」の碑は、昔は頂上にあった。手水鉢は山陽道側の入り口付近にあった。これらは平成の整備するときに移した。古墳の裏には古墳に登る道はなかった。
(2)昔頂上には、謂れのないお堂があった。屋根を入れて1.5m角くらいの大きさであった。今はお堂はなくなっている。お堂の詳細は不明である。
(3)平成の整備する前は、天井に3枚の岩があって、そこの穴から見ると水が溜まっていた。子供の頃から水はいっぱい溜まっていた。
(4)調査のため水を抜いてほしいとのお達しが役所からあって、消防用のポンプでかいだした。その時は入り口には1m角くらいの穴があった。
(5)熊澤氏の長屋が千足古墳のすぐ横にあった。母がそこで仕事をしていた時に東京から女性の調査員が一人できた。千足古墳の入り口を母に聞いてきたので教えてあげた。しばらくして全身がずぶぬれになって帰ってきた。穴の中の水に落ちたとのこであった。その時は、直弧文は水没していた。
(6)三垣千秋氏が中学生のころ皇室の三笠宮様がこられた。その時に水をぬいた。その時の直弧文は非常にきれいであったことを覚えている。しかし、水をぬいたのでその後風化した。最近では、岡山大学の新納先生が3次元の計測調査のため水をぬいた。
(7)手水鉢は、千足の人の親戚の土建業の方がお宮の掃除をしており、その時にその方からもらった。
(8)昔から千足古墳の外周に小さい子供用の石棺があった。朱の混じった泥がいっぱい入っていた。中を探したが、何もなかった。ただ、小さな鉄片があった。今は埋めている。

 

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